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女優たちのビューティーやエイジングにまつわる情報収集がライフワークになりつつあるが、少し前のこと、「おおっ」と声を上げたくなるニュースが飛び込んできた。女優のナオミ・ワッツが女性のウェルネスをサポートするブランド「Stripes」をローンチしていた。一番好きな女優が、私たちと同じように体の不調を感じ、解決したいと考えていることに親近感と安堵を覚えたのだ。
ナオミ・ワッツは、誰もが名前を知っているかというと難しいラインかもしれない。ある程度映画を見る人にとっては代表作といえばデヴィッド・リンチ監督の「マルホランド・ドライブ」、そうでなければハリウッド版の「ザ・リング」や「キングコング」のヒロインですよと言ってピンとくる、こないが半々くらいだろうか。同い年の1967年生まれにはジュリア・ロバーツやニコール・キッドマンが、2つ下の69年生まれにはケイト・ブランシェットやレネー・ゼルウィガー、キャサリン・ゼタ・ジョーンズなどが主演クラスの女優たちが名を連ねている。ナオミも主演映画は数々あるし、演技力やキャリアも遜色ないのだが、同年代の大女優と比べて個性が濃すぎないというか、独特の「軽さ」みたいなものがあるところに私はずっと魅力を感じている。
初めて彼女の存在を知ったのは、20年ほど前、映画ではなくてファッション雑誌だった。巻末のゴシップページに彼女の写真が載っていて、色白で髪はブロンド、瞳は薄いブルーで正統派の美貌にも惹かれたが、一回りも年下の俳優と付き合っているという事実に私は釘付けになった。今は亡きヒース・レジャーの恋人と知った瞬間、私の中で「今一番気になる女優」首位に躍り出たのだ。
演技に注目し出したのは前述の「マルホランド・ドライブ」で、元々難解な作風を特徴とするリンチの中でも突出して不可解で、全体の1%も理解できていない気がするが、日本公開時につけられた「わたしのあたまはどうかしている」というキャッチコピーは映画史上最高の出来だと思う。また、ホラー映画は大好きだけどジャパニーズホラーには何も感じるところのない私には「リング」のリメイクである「ザ・リング」も好みではないし、「キングコング」は上映時間が3時間ととにかく長かったな…程度の感想しかない。じゃあ何だったら満足なのかという話だが、家庭内のトラブルや人間関係のいざこざに巻き込まれて戸惑うとか、大事な決断を前にたじろぐとか、普通の人間が抱える感情の機微を表現しているときの彼女がたまらなく好きだ。そう、現実的な人物を演じているときが至高なんです。
思春期に差し掛かった息子に翻弄されるシングルマザーを演じた「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」、男性として生きていきたいとカミングアウトする一人娘に翻弄されるシングルマザーを演じた「アバウト・レイ」、文武両道で優等生だけど、心のうちが見えないアフリカ系の少年に翻弄される養母を演じた「ルース・エドガー」など、自分でも書いてびっくりするが「翻弄される母親役」が本当によくハマる。もちろん、翻弄される母親しかやっていないわけではなく、私が大好きなのは「ヤング・アダルト・ニューヨーク」という2014年の作品。
ナオミ演じるコーネリアとベン・スティラーが演じるジョシュは子どもを持たずに自由な夫婦生活を謳歌していた。長年親交のあった友人夫婦に子どもが生まれたことで、話題がそればかりになったことで心理的な距離を感じていたところにジェイミーとダービーという若いカップルと知り合い、付き合いが深まっていくという筋書きだ。以前のコラムでも紹介したアダム・ドライバーと「マンマ・ミーア」シリーズのアマンダ・サイフリッドが、この「どうやって稼いでいるのかよく分からないけど、いつもおしゃれで楽しそうに暮らしている」リベラルなカップルにぴったり。長い付き合いの友人に付き添ってベビー向け音楽教室のイベントに参加するも、周囲の「産後ハイ」なテンションに表情が引きつってしまうとか、若い友人に誘われてダンスレッスンに挑戦したら、ヒップホップのノリについていけず動きがめちゃくちゃぎこちないとか、コーネリアの葛藤や戸惑いがどれも秀逸だ。劇中で着ているものも、おしゃれだけど行き過ぎておらず、リアルクローズ感があるのだけど、ライトベージュのダウンジャケットは「ユニクロのウルトラライトダウンかな」と思わせてくれるところがある(実際はイケてるブランドのものだと思うが)。時代を切り拓いたスーパーウーマンだけが私たちをエンパワーしてくれるのではなくて、等身大の、年相応の女性像が必要というのはここ数年、私がずっと映画に求めていることだ。
そんな彼女だからこそ、更年期への不安や恐れを率直に綴ったInstagramの投稿は非常に胸を打つものだった。
「“更年期”って言葉でパニックになる?
私はそうだった。でもどうして?それって人生の自然なフェーズだし、人口の半分は直接的に影響を受けるし、もう半分は間接的に影響を受けるもの(だからちょっと付き合ってね、男性も!)。
私は30代後半で家族を作ることを考え始めた。そうしたら、“M(=menopause)ワード”に素早く吹き倒されて、貨物自動車と正面衝突するような感覚だった。誰もその話をしていなかったときのこと、どう表したらいいだろう?私は同年代の人たちより少し早かったし、先輩や母だってそれについて議論していなかった気がする。私はどうやって助けを求めたらいいか分からなかったし、彼女たちもどう発信したらいいか知らなかったんだよね。お医者さんだってほとんど何も言ってなかったし。不思議だけど黙っていることが暗黙の了解みたいな感じだった。“女性は我慢して、乗り切るべき。何世代もそうやってきたんだから”って(中略)
スティグマを克服し、これまでに感じた秘密や恥ずかしさについて述べ、次世代のためにもっと健康的な土台作りをしましょう」
言葉の隅々に実感がこもっていることもだけど、目じりから額、頬や口回りにもしっかりと皺が刻まれたすっぴんからも、ありのままを語ろうとする姿勢が伝わる。「綺麗だからすっぴんでも問題ないんでしょ」と言われてしまったらそれまでだけど、最初からそんなものなかったかのようにフォトショップやフィルターや美容整形を駆使するセレブも一定数いることを鑑みると、「そちらの側」に行かないことにある程度の覚悟は必要だと思う。
プライベートでは2人の男の子のママである彼女は第2子を出産した40歳からほどなくして、寝汗がひどくなり始めたと、あるインタビュー(https://www.oprahdaily.com/life/a41781149/naomi-watts-menopause-help/)で語っている。
「ああ、もう私は望ましくないってこと?って気持ちだった。私のいる業界では、それは恐ろしいこと。 “ヤレる”女である限り、君のキャリアはまだ健在だよって誰かから聞いたことがあるから。文字通りその言葉を使っていた。どういう意味?卵巣がかつてのように機能しなくなったらキャリアは終わりってこと?意味を理解しようとしたし、頼れる人が誰もいなくて孤独だった」
40歳で更年期症状、結構早いな…というのと、年子の幼い男の子を2人抱えて更年期症状、きつそう…という2点が私からの感想だが、“ヤレる”女なんて表現がまかり通っている映画産業が容易に想像できてしまうと同時に「どの国も、どの業界も似たようなところはあるな」と若干の諦めと納得を覚えてしまう。いや諦めても納得していてもダメだし、ナオミだってそのもやもやを打破するために、Stripesを立ち上げたんだよな、と決断を嬉しく思う。
ブランドで取り扱っている商品はスキンケア、ボディケア、サプリメントから、VAGINAL WELLNESS(単なる膣ケアではなく広義のウェルネスというのが欧米っぽい)まで様々。まだアメリカ国外への配送はしていないみたいだけど、一度手に取ってみたい。情報交換ができるコミュニティ機能もあったりして、とりあえずアカウントの登録はしてみたところ。スクリーンでしか触れられなかった存在と、この先もしかすると更年期について会話できる日が来るかもしれないと思うと、なかなか想像が追い付かない。シュールとはこういうことを言うのかもしれない。