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4年前、健康診断で卵巣に異常がみつかり、子宮内膜症の一種であるチョコレート嚢腫と診断されたKさん。自覚症状はないながら、卵巣の片方を摘出することに。卵巣は女性ホルモンが作られる場所、つまりそれを取り除いたら「オジサン」になってしまうのでは!? そう危惧していたKさんの現在とは。身体の変化に紐づいて望む自身の在り方も浮き彫りになりました。
──卵巣の異常は健康診断で見つかったのですか。
自分ではまったく分からなかったのですが、区民健康検査の婦人科健診を受けたとき、おへその下あたりを触診されて腫れている といわれたのがきっかけです。精密検査を勧められたので、その後、近所の婦人科へかかりました。
──卵巣が腫れていることは、触診で分かるものなのですね。
卵巣は通常2~3cmらしいのですが、5~6cmになっていたようですね。
婦人科で下腹部を超音波で診てもらったら、卵巣が肥大しているということで、がんの可能性もあると大学病院を紹介されました。
──それは急展開。
がんの可能性もある、と聞かされたときはショックでしたね。
もともと、生理は重くないし、卵巣に関わりそうな自覚症状や困ったことは何もなかったので、信じられませんでした。
──青天の霹靂だったのですね。大学病院ではどんな検査をしたのですか?
MRIとPETスキャン(PET検査)と生検(病変組織検査)で、がん細胞かどうかを調べたら、がんではなく、チョコレート嚢胞という診断を受けました。PETスキャンはけっこう高額で、検査代は25,000円ほどでしたね。
──チョコレート嚢胞は若い女性に多い子宮内膜症の一種だと聞いたことがあります。
月経のたびに卵巣で少しずつ出血したものが固まって、無数の粒のようになっている状態らしいです。生理痛が重くなる人が多いようですが、私はまったく生理痛がないんですよ。
──例外もあると。卵巣は肝臓と同じく「沈黙の臓器」なんて言われているようですね。特に症状はなくても卵巣は摘出するのですか?
今のところ問題はないけど、このままだと将来卵巣の根元がねじれて、突然激しい痛みが起こる可能性があるとのことで、取っておいたほうがいいという判断でした。
──なるほど。卵巣を摘出することについて、どう思いました?
片方でも卵巣を取ってしまったら、女性ホルモンが出なくなって、おじさんになっちゃうのでは!? と思ったんですよ(笑)。ヒゲが生えるのではないか、ハゲてくるのではないか、生理も2か月に1回になるのではないかって。
私はもともと女性らしい身体つきではないので、もっと女性らしさから遠のいてしまうのではと思いました。
──男性化してしまうと。
そう。でも卵巣を片方残しておく必要もないのでは、と疑問にも思いました。
子どもを生むつもりもないし、生理が来るのもめんどうだし、ついでに両方取ってしまってもいいのではないかって。
──思い切りがいい(笑)。
医師に相談したら、『両方取ってしまうと、ガクッと女性ホルモン値が下がる』と言われて。
でも、当時私は47歳。平均的な閉経の年齢は50歳というから、じきに閉経を迎えますよね。それでも残しておいた方がいいのか? とも聞きまして。
──食い下がりますね(笑)。
『あと数年で閉経してしまうかもしれないけど、その数年が大切だから』と言われて、そんなものかと思いとどまりました。
後から知ったのですが、女性ホルモンの産生が少なくなると、骨粗しょう症になったり、体温の調節が難しくなったりと更年期症状になる方もいるのですよね。
──早まらないで良かったですね。
数年でも生活の質が良いほうがいい。医師の言うとおり、卵巣を残しておいてよかったと、今はとても感謝しています。
──2018年、どのような手術で卵巣を摘出したのですか?
開腹手術でした。卵子はヒトの元だというじゃないですか。手術後に摘出した嚢腫の写真を見せてもらったのですが、中から髪の毛や歯みたいなものが出てきたようで、ホラーなんですよ。
──たしかに(笑)。 手術では無事に終わったのでしょうか。
そうですね。麻酔もよく効いて、気づいたら手術が終わっていて。抜糸もなく、予後も問題なくて1週間ほどで退院しました。
手術を担当してくれた医師は30代半ばの愛嬌ある方で『ごめんね~。水着を着るとき、ちょっと傷が見えちゃうかも』とおっしゃっていて。もうビキニとか着ないから大丈夫ッス! と伝えておきました(笑)。
──ビキニを着る前提ですか! 年齢に関係なくその可能性を考えてくれる男性医師、すてきですね。
その方、大学病院の先生なのにキャラが濃くて面白くて、お話しするのが楽しみでした。気持ちよく受診できてよかったです。
──ひとつ卵巣を摘出したらオジサンになるかも、と危惧されていましたが、その後、兆候はありましたか?
まったくオジサンになりませんでした(笑)。
卵巣は片方でもがんばってくれて、生理も毎月あるし、むしろ量が増えたかもしれません。ヒゲも生えず、髪もハゲず、髪質のゴワゴワは年のせいでしょうね。
──日常生活で支障はない?
ないですね。若いころはたびたび貧血になっていましたが、40代に入って落ち着きましたし。傷も特に痛むことなく、良好に回復しました。
──まだ閉経は迎えられていないとのことですが、閉経に対してどんなイメージがありますか。
祝うでもなく、悲しいでもないフラットな気持ちですね。人よりも感情の揺れがないと思いますが、日によってすごく悲観的になって布団で泣き明かしたりするので、そういう波がなくなったらいいなとは思います。やっぱり自分を統べる王は自分でありたい。ホルモンの奴隷なんていやじゃないですか。
──卵巣をひとつ摘出しても以前と変わらない生活を送られているということで安心しました。
オジサンにはなりませんでしたが、手術後はよく、オッサンになれたらいいのに、と考えていました。
──どういうことでしょう(笑)。
オッサンも、オバさんも、最初の「オ」と最後の「サン」が同じですよね?だから促音の「ッ」の部分を伏字にして、発音するときも「オ○サン」と濁せば性別を明確にすることなく中年期である事実は表せます。
──おもしろい発想ですね。閉経している/していない、に関係なく?
閉経は関係ないです。特に性別関係なく穏やかに生きたいと思っている中年男女のイメージです。
──女でも男でもない存在になりたい、ということですか?
うーん、LGBTや性の性質といった話とは別で、自分は性別を意識しないで「ただ私でありたい」し、他人からは女性である前に、ひとりの人間と見てほしいなという思いがあります。ジェンダー(社会的性別)よりも個人の特質、例えば「おもしろい人」とか「明るい人」とかを優先したいなと。
──性別のくくりよりも個人的な特質にフォーカスしてほしいと。
私の場合には、恋愛のステージからは降りました、ほっといてくださいという表明の気持ちも入っているかな……男性から、私を恋愛対象に見ないでほしい、単なる仲間と見てほしい気持ちです。
──そう考えるのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
同じ趣味の方と交流するためにSNSをしていまして。どちらかというと男性の愛好家が多い趣味です。私が女性とわかると微妙なからみ方をしてくる男性がよくいるんですよ。
──ちょっと分かるような。
おそらく若い女性に対してほどしつこくないし、セクハラ性もないし、悪気もないでしょう。ただ、そういう男性にはどこか、もう市場価値のないおばさんを『女として見てあげてますよ』という無意識の気遣いを感じます。
──無意識の上から目線ですか。いい気持ちはしないですね。
例えば「ワンピースを買った」と書いたら、「○○さんならモデルさんみたいに着こなすでしょうね」など的外れかつ歯の浮くお世辞を書いてきたり。これに返事するの、つくづくめんどくさくないですか?
──めんどくさいですね(笑)。まあKさんはスレンダーだから、素直に思ったことを書いているのだと思いますけどね。
だから私、ことあるごとに「オッサン」と連呼して、自分は恋愛対象だと認識されると居心地が悪いんだ、というアピールをしていきたかったんです。
──性別が明かされると、無意識に男性側に男女の区別が生じて、同志としてのコミュニケーションからはずれてしまうと。
でも数年前に比べたら、私のような者は格段に生きやすくなっていると思います。女性がひとりでもつ煮で一杯やっているからといって、男みたいでガサツだと「オヤジギャル」なんて揶揄される時代でもないし、「女子力」なる忌まわしい言葉もすたれてきましたよね。
──あ~「女子力」という都合よい女性性表現、私も好きではないですねー。はみ出すものを低レベルだと排除する言葉の檻にもなっていって。すたれて良かったです。
そう考えると、近年はわざわざ「オ○サン」のアピールも必要がなくなったかも。中年の男性とも女性とも、人間として共感し合って、仲良く生きていきたいです。
卵巣摘出をきっかけに、ジェンダーの区別ない生き方にまでに話が及んだKさん。男女のステレオタイプな行動規範を超えて、個人としての特質で存在をとらえてほしいという意志は、これまで女性として社会を渡ってきたなかで受けた負の経験の作用であると同時に、更年期以降の人生後半戦を自分らしく生きる指標となっているよう。しかし、人間関係は相手ありきでもあるため、今後どのように構築されていくのか興味深く思いました。
※監修・西岡先生よりコメント
Kさん、手術は大変でしたが区民健診(一般健診)で 卵巣の異常の可能性を指摘していただけたのはラッキーでしたね。触診をしてくれるのは内科医ですから、すべての方の婦人科疾患が一般健診で確実に見つかるわけではありません。婦人科検診はぜひ定期的に受けてくださいね。
メノ活チェック!
長い間、生物の性はオスかメス(男性か女性)のいずれかに分類されると考えられてきました。その一方で、こうした二項対立的な性のとらえ方では説明しきれない、さまざまな事象が古くから知られていたのも事実です。これまでは二項対立的な表現型ととらえてきた雌雄を、連続する表現型(濃淡の付いたグラデーションのような表現)としてとらえ直すことで、上記の事象を含めた性に関する様々な現象を統一的に説明できるのではないかと考えられています。このオスからメスへと連続する性の表現型は「性スペクトラム」と名付けられています1)。
1)新学術領域研究「性スペクトグラム」
出典:東京大学 http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/sexspectrum/outline.htmlより