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映画と同じくらい映画祭や、賞レースが好きだ。三大映画祭と呼ばれるヴェネツィア、カンヌ、ベルリンから、インディペンデント映画を対象とするサンダンスなど映画祭の受賞作をチェックしては、日本での公開日程などを調べるのも趣味の一環だが、やはり賞レースの目玉といえば、アカデミー賞。「アカデミー賞」というタイトルの新書を休み時間に読むという中二病とさえ言えない、厄介なこじらせ方をしていた中学時代から30年あまり、映画ファンの友達と受賞作品の予想をするのも一興、当日のレッドカーペットを堪能するのもまた一興、私は今もなお賞レースのシーズンには心が躍る。
去る2023年3月13日に発表された第95回アカデミー賞は、大本命と評判も高かった「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」通称「エブエブ」が10部門11ノミネート、本年度最多となる7部門受賞。作品賞のほか、主演女優賞、助演女優賞、助演男優賞、監督賞、脚本賞、編集賞を獲得し、圧倒的な強さを誇った。アカデミー賞関連のニュースと合わせて、作品の内容については各所で紹介されているので割愛するが、随分ぶっ飛んだ内容だ。アカデミー賞は権威ではあるものの、感動作を選ぶ場ではないので、シリアスなドラマばかりが受賞するわけではないが、時代の雰囲気を反映したものが「エブエブ」ということかな、と興味深い。 またミシェル・ヨー、ジェイミー・リー・カーティスとともにベテラン女優が主演女優賞、助演女優賞を制したことはエポックメイキングと言ってよいだろう。主演女優賞の歴代最高齢は1990年の「ドライビング Miss デイジー」のジェシカ・タンディ(当時80歳)で、助演女優賞の歴代最高齢は1984年の「インドへの道」のペギー・アシュクロフト(当時77歳)と、年を重ねても受賞に輝く女優陣はゼロではなかったものの、かなり少数派であったことは事実。アカデミー賞だけが、映画や演技を計る指標ではないし、受賞の有無に関わらず好きな作品や俳優陣は数々いる。だけど、ミシェル・ヨーが受賞スピーチで「女性の皆さん、『あなたはもう最盛期を過ぎている』なんて誰にも言わせないで、諦めないで」と訴えるくらいなのだから、ハリウッドだけではなく社会全体の傾向として、女性が年齢と見た目で判断され、切り捨ててられる部分が往々にある。少なくともオーバー60の女優2人が女優賞を独占するなんて、これまでのアカデミー賞には考えられなかったことだ。そして2人は授賞式こそ、それぞれDiorとDolce & Gabbanaのドレスで華やかな出で立ちだったものの、劇中ではめちゃくちゃ普通のおばちゃん。おばさんではなく、おばちゃんとしか言いようがない姿には頼もしさしかない。
ミシェル・ヨー扮するエブリンの、生活に疲れ切った様子も目を引いたのだけど、エブリンの確定申告に立ち会う国税庁の監査官ディアドラを演じたジェイミー・リー・カーティスは 「おばちゃん」度合で言うと更に上を行く仕上がり。アメリカの国税庁にお世話になったことはないが、絶対こういう職員がいそうだし、多分熟練のキャリアを誇る凄腕だと思う。重力に従いましたと言わんばかりに垂れたバスト(しかもノーブラ)と腹肉、特に腹肉はズボンの上にしっかり乗っかるその量感に圧倒された。ジェイミーに対してずっと「めちゃくちゃスタイルのいい人」というイメージを抱いていたのだが、なんでも「エブエブ」出演にあたって、できる限りスクリーンでリアルであること、役柄に対して正直であることを希望していたそうだ。「何も隠さない」ことを信念としていたことをInstagramでも公表している。
「世界には何億ドル、何兆ドル規模の「ものを隠す」産業があります。コンシーラー、ボディシェイパー、フィラー(充填剤)、手術、洋服、ヘアアクセサリー、ヘア用品、私たちが何者であるという現実を隠すすべてのもの。ですから私は皆に指示しました。そこでは何も隠さずにいたい。私は男の子や体のことを意識するようになった11歳からずっとお腹を引っ込めてきましたし、ジーンズはとってもきつかった。これまで現実を隠すためにギュッと締め付けていた筋肉をはっきりと手放し、解放することにしたんです。それが私のゴールでした」
ホラーや、コメディ、サスペンスやアクションなど「ジャンル分けが簡単にできる明快な映画」を総称して、まんま「ジャンル映画」と呼ぶのだが、コメディ映画に多く出演した名優トニー・カーティスと、サイコサスペンスの代表「サイコ」の主演女優、母ジャネット・リーの元に生まれたジェイミーはジャンル映画俳優のサラブレッドと呼ぶのに相応しい。自身のデビュー作もスラッシャー映画の草分け「ハロウィン」だし、ジェイミーは父親譲りのクッキリした顔立ちと、大柄で腰の位置が高い、欧米人特有のグラマラスな体型で、殊にジャンル映画で強い存在感があって、スクリーンに映える。近年、トレードマークともなったシルバーヘアの潔いショートカットも、まさにハンサムウーマンを地で行っていているので、持って生まれた体格や自分の魅力を活かす術を熟知していたのだと思いきや、11歳からお腹を引っ込めていたって、どの時代も思春期の少女が思い悩むことと変わらない。あのメリハリあるボディラインも、ガードルやら補正下着などで必死にキープしていたのだろうかと思うと、さぞ苦しかっただろう。たくさん映画を見ていても、理解していないことばかりだと気づかされるとともに、スターも人間であるという事実に、私はいつも安堵する。
彼女のジャンル映画俳優としてのセンスはコメディ作品でも際立っていて、私が特に好きなのは「フォーチュン・クッキー」という2003年の作品。子役出身のリンジー・ローハンがティーン・アイドルとして飛躍した出世作だが、オリジナルは1976年にジョディ・フォスターが主演した「フリーキー・フライデー」。今日もコメディの定番となっている「親子入れ替わりもの」の元祖で、そのリメイク作品である「フォーチュン・クッキー」ではジェイミー演じる母テスとリンジー演じる娘アンナが入れ替わってドタバタする…というあらすじ。完璧主義でお堅いテスの体に、破天荒なアンナの中身が入ってしまうギャップが、お決まりと言えどジェイミーの安定感ある演技でとても面白く観られる。ロック少女のアンナはテスの姿で、意中の同級生と仲を深めていくのだが、カフェテリアでお喋りしているときに、ブリトニー・スピアーズの「…Baby One More Time」が流れ、この曲大好き!と2人は意気投合する。サビの「Give me a sign~♪」を無我夢中で熱唱するファンキーでクールなお母さん(中身はティーンエイジャーだが)はまさにコメディエンヌとしての本領が発揮されていて、今でもたまにこのシーンの真似をしてしまう。ブリトニーの物真似ではなく、ブリトニーを歌うジェイミーの物真似なので「細かすぎて伝わらない」やつだが、どこかで披露する場がないかと考えている。また、当時人気絶頂だったリンジーは、この後パパラッチやゴシップニュースの常連となり、アルコールや薬物依存のすったもんだで久しくキャリアが低迷していたが、昨年銀行マンと結婚し、間もなく第1子が誕生するらしい。ゴシップ愛好家として色んなセレブの浮き沈みを見てきたけど、誰もが幸せでいてほしいので、リンジーが穏やかで平和な日々を過ごせますように…と祈らずにはいられない。
話をジェレミーに戻すと、アカデミー賞の受賞スピーチで、これまでジャンル映画を支えてきた人たちへの謝辞を述べていた。ジャンル映画は、「お約束」の多さで、固定ファンもつきやすい反面、「B級ホラー」「B級アクション」など格下に見られる場面もある。そんな評価をもろともせず、ジャンル映画への愛と感謝を叫ぶジェイミーのスピーチは文句なしにカッコよかったし、これから折に触れてはこのスピーチを見返すだろう。大スターである彼女たちと、一般人の私ではやっている仕事のスケールも影響力も段違いだけど、それでも決して別世界ではなく、私たちと地続きのところに彼女たちは存在することを確信できるほどの力がそこにはあったのだ。
・「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
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