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常に観たい新作映画があるので時間がいくらあっても足りないのだが、昔観た映画を観返したいのも時間が足りない一因となっている。今やトップクラスの俳優が、当時はほんの端役だったり、作品そのものへの感想も大きく変わったり、そもそも全くストーリーを覚えていなかったりとたくさん発見があるのが再見の何よりの醍醐味。ロビン・ライトは20年前と現在では全く印象が違う女優の1人で、定点的に映画を観る面白さに改めて開眼したのだった。
私が初めて観たロビン・ライト出演作は『フォレスト・ガンプ/一期一会 』だ。
言わずと知れたトム・ハンクス主演、アカデミー賞やゴールデングローブ賞などを総なめにした世界的大ヒット作品である。日本で公開された1995年3月、高校に合格したばかりの私は喜び勇んで友人と観に行ったが、アカデミー賞効果もあって劇場に着いた頃には満席。まさかの人生初・地べた鑑賞は思い出深い体験だが、数年前に観返すまで、主人公フォレストが生涯想い続けるジェニーを演じたのがロビンだったことに私は気づいていなかった。この人はこんなに可愛らしくて可憐なタイプだったのかとハッとしたが、どうしても現在の彼女とイメージが繋がらない。
『ドラゴン・タトゥーの女』では雑誌の編集長、『ブレードランナー 2049』ではロサンゼルス警察捜査班の司令官、アメコミシリーズの『ワンダーウーマン』では将軍役など、“デキる女”が板についている彼女からはシャープで凛々しく、包み込むような優しさと頼もしさが常に溢れている。もちろん『フォレスト・ガンプ』の彼女にも現在の面影はあるのだけど、私の知っているロビン・ライトという気がしなくて、逆に今頃印象深くなってしまった。
いつから彼女を意識するようになったかと言うと、確実にショーン・ペンと結婚した頃だ。“クイーン・オブ・ポップ”マドンナと最初の結婚生活を終えたペンにとって2回目の結婚相手がロビン(ロビンにとってもペンは2回目の結婚相手)で、当時はロビン・ライト・ペンと名乗っていた。
2子をもうけた夫妻はいくつかの作品で共演もしていたし、ペンの監督作にロビンが出演することもあって、おしどり夫婦と呼ばれていたが2010年に離婚。ロビン・ライトに名前を戻した後のキャリアは右肩上がりで、ドラマシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」ではエミー賞の受賞にも輝いている。
ただし、ペン姓を名乗っていたときも『舞台よりすてきな生活』『美しい人』と言った良作に出演していたのに、どうしても「ペンの妻」という認識が先にきていたので、やはり姓ってその人の印象にちょっと関わるのかもと今も旧姓で仕事をしている私は思うところがある。ただそれもそのはずで、ペンとの結婚生活の中で、ロビンが若干遠慮している主旨の発言をしていることに、これまた20年ぶりに観た『デブラ・ウィンガーを探して』というドキュメンタリー映画で気付いたのだ。
『デブラ・ウィンガーを探して』では女優のロザンナ・アークエットが40代に突入し、家庭と仕事の両立や今後のキャリアに迷いを感じたことを機に、34名の女優たちに、それぞれの人生を尋ねていく。初めて観たときもすごく面白かったのだけれど、なにぶん私もまだ20代前半だったので、母親の葛藤などよく理解していない部分もあった。今観返すとこの企画を着想し実践したロザンナはなんと慧眼だったかと驚くし、今日、同じような作品が出来たら誰が出演するのか想像するのも楽しい。
ロザンナが最初に話を聞きにいくのがロビンなのだが、「大事なのは信頼関係」と切り出すあたりから、かつてのおしどり夫婦ぶりを感じる。しかし、彼女は「私は映画の出演は年に1本ペース」と明言しているし、ロザンナから「夫婦同時に出演のオファーが来たらどうするのか」と問われて「受けるかどうかは彼の作品次第」と答えていて、「いやめちゃめちゃ旦那に気ぃ遣ってるやん!!」と大声で叫びそうになってしまった。
事実、2000年前後のペンは『アイ・アム・サム』『ミスティック・リバー』『21グラム』など賞レースの常連で絶好調。もちろんペンに罪はないし、話し合った上でのバランスだったのだろうけど、ロビンが「子どもが最優先だから選択に後悔はないけど、いい仕事を断って、公開された作品がヒットすると惜しいことをしたと思う」と語る様子もまた素の彼女がにじみ出ていて、全く関係のない私もすごく哀しくなってしまった。
何が一番哀しいってこんな大事な発言を20年前には全然意識していなかった自分の記憶のおぼろげ加減なのだが、「役を逃したことをさみしく思う気持ちは20年後も消えない」と本音を吐露できるロビンはどれほど勇敢なことか。これって何て呼ぶんだったっけ…そうだマミートラック(子育てしながら働く女性が、子育てと仕事の両立をしていく中で昇進や昇給などの機会が難しくなるキャリアコース)だ!!
仮にも彼女がマミートラックに限界を感じ、キャリアを諦めていたとしたら、今のハリウッドにとっては明らかに大きな損失だ。「撮影が終わったら残りの9,10か月は表現したくて飢える感じ」と嘆きながらも年1本ペースでも女優を続けてくれてありがとうございますとお礼を言いたい。ちなみにロビンとペンは夫婦生活にピリオドを打った後、それぞれまた3度目の結婚をして、ともにその相手とはすでに破局しているため現在2人ともにシングル。4度目の結婚をするとしたらどちらが先だろう…というのがゴシップ愛好家からの関心でもある。
さておき、『デブラ・ウィンガーを探して』から20年経った今、ロビンは当時のさみしさを今も抱いているだろうかと直近の出演作を確認すると2021年に『再生の地』という作品で監督デビューを果たしていた。
夫と息子を喪った失意から、1人になりたいと山奥に居を移すエディという女性をロビン本人が演じているのだが、初監督とは思えないほど地に足がついた滋味深い良作。喪失と再生というテーマは物珍しいものではないが、舞台となるワイオミング州の厳しい自然や四季の移り変わりなど映像面も洗練されていたし、さりげないカントリーミュージックのBGMも耳に心地よい。そして何より90分弱というコンパクトさも無駄がない魅力的な作品だった。
スマホも車も捨てて、隠居を選んだエディは途中飢餓状態で瀕死の状態に陥るが、唇はガサガサに乾き、目の下からまぶたまでクマがびっしり、自分を被写体にするにあたって妥協しない姿勢が窺えた。夫と息子と過ごした日々の写真を前に落涙する表情には、彼女が積み重ねてきたものの重みが感じられる。20年前得られなかった役を今も未練に思っているかどうかは分からないけど、「あなたは20年後、自分で撮った作品で主演も果たしていますよ」と当時の彼女に伝えられるものなら伝えたいと心から思った。
昨今は、ニコール・キッドマン、シャーリーズ・セロン、マーゴット・ロビーなどプロデューサー業を兼務し、製作会社を立ち上げる女優も少なくないが、それでもなお監督業に着手する数はそう多くない現状を思うと、ロビンの踏み出した一歩は大きい。
近年はアクション作品もこなしてきたのもあって、細さをキープしつつもしっかり筋肉がついたボディもワイルドな風景にマッチしていた。ちなみに40代では「ボトックスはやりません」と宣言していたが、数年前には「年に2回やっている」と明かしていた。ボトックスやるかやらないか問題はやはり女優たちにとっては切実なようだ。これについても今一度考えてみたい。
「再生の地」
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