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産婦人科医としての診療と合わせて、SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)の普及に向けた活動を行っている池田裕美枝先生。後編では、池田先生の現在の臨床にも大きく影響した海外研修での学びや気づき、そしてカンテラ世代が直面する更年期へのモヤモヤや疑問に答えていただきました。
⇒前編はこちら
池田先生は海外でSRHRについて学ばれたのですね。
2011年にイギリスの英国リバプール熱帯医学校に留学して、座学とディスカッションを中心にリプロダクティブ・ヘルスディプロマを修了しました。その後、カナダに留学する計画もあったんですよ。私は産婦人科、夫は感染症科と、どちらも医師が少ない診療科で働いているとお互い多忙で、海外留学でもしないと一緒に住めないよねと話していたところ、カナダの病院で2人とも働けるチャンスがありました。ただ、時を同じくして、東日本大震災が起きたので、留学は中止して東北に行くことになりました。その後、2013年には米国内科学会プログラムの奨学金を得て、留学したのがミネソタ州のメイヨークリニックです。内科や乳腺内科の先生のもとでさまざまな女性内科研修を受ける機会に恵まれました。
海外での経験で一番影響を受けたことは何ですか?
イギリスとアメリカでの研修を二つ合わせてみて、私の臨床に一番影響があったのはジェンダーとセクシュアリティの視点ですね。SRHRって何で「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス」ではなくて「ライツ」まで含める必要があるかって、ジェンダーバイアスに負けるなってことだと私は思うんですよね。ジェンダーの視点から「この人が男性だったら、ここまで悪化してから病院に来ただろうか」とか「ここまで深刻に悩んでいたかな」と見られるようになったことは私の臨床を替えましたね。もう1つのセクシュアリティに関しては、医学の観点でセックスについて語るということですね。
日本では、なかなか年齢を重ねてからのセックスって日常的に組み込まれていないというか……悩みがあっても訴えづらいですよね。
以前、勤務していた産婦人科で、子宮を支えている靱帯や筋肉が緩むことで子宮が下がってくる「子宮脱」という病態の患者さんが前後膣壁縫縮術を受けたんです。子宮が下がってこないように膣を狭くする手術なのですが、その結果セックスができなくなったと配偶者の方から申告されたことがありました。70代くらいのご夫婦だったのですが、医師たちは「もうあの年ではセックスしていないと思ったから手術したのにね」と、その訴えをクレームのようにとらえている印象を抱きました。
一方でアメリカでは、ご飯が美味しく食べられない、夜ちゃんと眠れないって大ごとだよねと治療を薦められるように、性欲が湧かないって大変だよね、解決しないとね、というとらえ方。ウェルビーイングの価値観が日本とかなり違うんですよね。アメリカで研修した一般内科は100人くらい内科医がいて、消化器内科、呼吸器内科など分かれていて、女性内科は更に乳腺内科、更年期内科に分かれていて10名ほど先生がいました。
更年期内科といっても更年期治療だけをしているわけではなくて、ホルモン補充療法をしていると外陰部が乾燥しやすくなるので、保湿剤を処方することもあります。乳腺内科も同様で、乳がんなどにより乳房を失い乳腺の形が変わると、性交時に緊張してしまうこともあります。更年期外来でも医師と患者さんがセックスの話を真剣にしているし、セクシュアルヘルス外来もあって、年を重ねてもセックスすることをからかうような雰囲気は全くありません。その重きの置き方はとても印象的でした。
女性内科の先生がそんなに多数いるのにも驚きです。セクシュアルヘルス外来というのも初めて聞きました。
その他、ウィメンズヘルスリハビリテーションという科もありました。子宮内膜症を抱え、激しい痛みに悩まされていた二十歳くらいの若い女性が子宮を摘出する手術を検討していたのですが、実は原因は子宮じゃなくて骨盤底筋だったんですよ。PT(Physical Therapist=理学療法士)の先生が患者さんの膣内に指を入れて治療したんです。
婦人科系で理学療法って初耳です。日本では行われていない治療にすごく効果的なものがあるのかもしれませんね。ただ、日本では調子が悪くなってから通院するまでに時間がかかる人も多いですよね。内科に行くべきか産婦人科に行くべきかも迷ってしまいます。
更年期かな?と心当たりがあってホルモン補充療法をしたいのなら産婦人科を、具体的にどこが悪いのか分からないようであれば、プライマリ・ケアを扱っている病院で更年期症状も診てもらうことをおすすめします。どこが悪いのか分からなかったら、自分の話を聞いてくれる相性のいい先生のところに行くのがよいですよ。医学的な知識のある人に自分の症状について相談することが最初のハードルになっていると思うので、そこを越えられることが大事ですね。
専門の先生がなかなか見つからない以前に、「みんなこれくらいの不調を抱えているだろうから、相談するのは甘えているのかな」みたいに、自分の体調を人に話していいのかさえ分からないというのも一因だと思います。忙しくて役割の多い更年期世代の女性は、自分のために何かすることをつい後回しにしてしまいますよね。「私しかこのタスクをこなせないのだから、しんどいなんて言っちゃいけない」みたいな。
だけど40代、50代って女性にとっては弱り目だし、自分をいたわる大切さを知ってほしいですね。休んでいいし、頭やお腹が痛ければ痛み止めを飲んでいいし。その痛み止めが欲しい時に、市販薬を頼るのか、病院の先生に相談するのか。調子悪いと一言相談できたら、そこから私たちのところまで繋がる気がします。
まずはそこからですよね。ちなみに先生は私たちと同世代かと思いますが、医療従事者であっても「体力が落ちてきたな」みたいなことってあるんですか?
当然ありますよ!ただ、知識がある分、加齢によるものなのかホルモンの問題なのかは見分けがついていますね。私自身も産後鬱のような状態に陥ったこともありますが、「これはいつか抜ける、いつか終わるから」って知っていたことで自分を守れた部分もありましたよ。
以前PMS症状に悩まされていた時も「これは仕事で疲れているからじゃなくてPMSだな」と切り分けられる視点があったのは幸いでしたね。漢方薬の処方も行っているのですが、こういう症状にはこの漢方薬を服用するといいという知識は自分にも応用していますし、自分がゴキゲンな状態でいられるようには気を遣っています。でも昔はつらくなかったのに、今は当直明けがつらいとかは全然ありますけどね(笑)
じゃあ私たちも知識を得ることで、改善できる見込みがありそうですね。
そうですね、更年期症状を老化だと思い込んでしまう方も結構いますから。「もう体力がないから仕事をやめてしまおう」とか「プロジェクトを抜けよう」と考えてしまうこともあるけど、せっかくのキャリアを途絶えさせてしまうのはとてももったいないですよ。「今は渦中だけど、いつか終わる」ってことを頭の片隅に入れて、更年期が抜けたらもっと輝くぞって気持ちで、自分をいたわってほしいですね。
池田 裕美枝(いけだ ゆみえ)先生
医療法人心鹿会 海と空クリニック京都駅前 院長
京都大学医学部卒業。市立舞鶴市民病院、洛和会音羽病院にて総合内科研修後、産婦人科に転向。三菱京都病院産婦人科、洛和会音羽病院産婦人科、神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科、京都大学医学部附属病院産婦人科特定助教を経て、京都大学大学院医学研究科健康情報学博士課程単位取得退学、研究員。
現在PMSによる社会へのインパクトや、女性を中心とした社会的処方などの研究に取り組む。
2011年英国リバプール熱帯医学校にてリプロダクティブ・ヘルスディプロマ修了。
2013年米国内科学会プログラムにてメイヨークリニックで女性内科研修。
産婦人科専門医 女性ヘルスケア専門医 認定産業医 内科認定医
同志社女子大学嘱託講師
神戸市立医療センター中央市民病院女性外来担当
NPO法人女性医療ネットワーク理事長 http://cnet.gr.jp/
一般社団法人SRHR Japan代表理事 https://jp.srhr.jp/