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2023.07.13コラム真貝 友香

【シネマと女とワインを一杯】chap.12 降格する口角、受け入れられる選択 今こそ見たいケイト・ブランシェットの名作

シネマと女とワインを1杯:chap.12

映画のプロモーションで来日した際に、インタビュアーから「女優業と家庭の両立は大変ですか」と質問され、「私がダニエル・デイ・ルイスやショーン・ペンだったら同じ質問をするの?」と返した逸話がある。
男性に対して俳優業と家庭の両立について聞かないでしょ、と性差の歪さを指摘する発言は喝采を浴びていたが、俳優にインタビューする機会のある私は「もし私がこのインタビュアーの立場だったら…」と震えあがってしまった。もちろんそんな野暮なことは聞きません!でも本当は聞いてみたいけどな…というのが正直なところだ。今日の映画界を代表する名俳優、ケイト・ブランシェットが「キャロル」で来日したときのエピソードです。


アカデミー賞受賞2回、ゴールデングローブ賞受賞4回。最高峰俳優の口角には確信が宿っていた

初めてケイト・ブランシェットの存在を知ったのは、「エリザベス」だった。陰謀や策略の渦巻くイングランド王室の中で、政略結婚を持ちかけられながらも、陛下として即位したエリザベス一世の壮絶な半生を描くドラマで、ケイトは主人公エリザベスを見事に演じていた。日常的に使う可愛いとか綺麗とかではない次元にいる人という印象は当時から今にいたるまで変わらない。

アカデミー賞ノミネート8回中2回受賞、ゴールデングローブ賞ノミネート10回中4回受賞、ヴェネツィア国際映画祭2回受賞…と錚々たる受賞歴が示すように、演技力の高さは誰もが知るところで、本人が持つ気品や知性、存在感が演じるキャラクターに反映されていることも多い。ちなみに本稿で彼女を「女優」ではなく、「俳優」と記すのは、彼女自身が、そう呼ばれることを望んでいると語った過去の発言に倣っており、彼女の傑出した功績の集大成とも言えるのが、現在も公開中の「TAR/ター」である。

ケイト演じるリディア・ターはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団における女性初の首席指揮者。作曲家としても高く評価され、名声、地位、権力、家族…全てを手に入れたと思われる彼女を揺るがす出来事が起き、追い詰められていく様を描く心理サスペンス劇だ。芸術家らしいストイシズムや近寄りがたさ、富める者特有の傲慢や尊大、成功者だけが放つ自信や余裕といったあらゆる要素を演じ抜いていたが、私が目を見張ったのは、メイクの薄さ。
元々濃いメイクの印象がある人ではないが、本作での薄化粧度合はこれまででも群を抜いていた。もちろん正真正銘のノーメイクではなく、薄化粧に見える入念なメイクを施しているのだと思われるが、目元も口元も限りなくカラーレス。特にリップは色味がないと、口角の下がり具合が強調され、仏頂面にも見えてしまうが、ケイトにかかればそれも箔と言うもの。
マスク生活が明けた今、フェイスラインやほうれい線、そしてご無沙汰だったリップメイクが喫緊の課題という人も多いはずだが、ター、およびケイトからは口角が下がっているくらいでは動じない、自分への確信みたいなものを感じさせられる。年の重ね方がフランスの名優、故・ジャンヌ・モローや、イギリスの名優シャーロット・ランプリングに似ているな~とスクリーンに見入っていた。

ボトックスからまつエクまでフル装備。悪意に満ちた「ドント・ルック・アップ」

これに対し、口角の上がりっぷりが秀逸なのがNetflixオリジナル映画の「ドント・ルック・アップ」。巨大すい星を発見した2人の科学者(レオナルドディ・カプリオとジェニファー・ローレンス)が、地球への衝突に危惧するも、政府関係者、マスコミ、そして国民誰も真剣には捉えず、大きな混乱へと発展していく風刺たっぷりのコメディだ。

2人をゲストに招くTV番組「the daily rip」の司会者ブリーを演じるケイトのルックスは、ボトックスでパンパンに張った頬、ぴかぴかに輝く白い歯並びにグロッシーなピンクのリップ、立体感を演出するノーズシャドウやハイライトにシェーディング、バサバサのまつげ…と誰がモデルかは分からないけど、絶対にモデルとなる人物がいるであろう悪意が感じられるほどの作りこみぶり。劇場鑑賞時に「えっこれ誰…ケイト・ブランシェットも出演って聞いていたけどまさか…?」と圧倒されてしまった。

もちろんボトックスは特殊メーキャップによるものだし、歯は義歯、ブロウがキマったブロンドヘアーもウィッグだけど、彼女のパブリックイメージとは真逆にある、人工的な美に塗り固められた俗っぽいキャラクターもまたハマり役だった。重厚なドラマやシリアスな作風の方が、演技力は評価されるのかもしれないけど「ドント・ルック・アップ」はケイトだけでなく、キャラクター造形も面白くて、もちろんストーリーも切れ味抜群。キャストの豪華さが、ストーリーで描かれる巨大資本主義とリンクするあたりも皮肉に満ちている。

壊れていく姿が強烈すぎる「ブルー・ジャスミン」は、個人的ケイト最高傑作

ケイト出演のブラック・コメディといえば、ウディ・アレン監督の「ブルー・ジャスミン」は、久しぶりに見返しても凄まじいインパクトだった。ケイト演じるジャスミンは実業家の夫を持つ富裕層のマダムだったが、とある理由から結婚生活は終焉、長く住んでいたニューヨークを離れ、妹の住むサンフランシスコに移る。ウディ・アレンは私生活でのトラブルにより、今となっては作品について語ることも憚られるところがあるが、「ブルー・ジャスミン」の怪作ぶりは脚本や演出にも増して、ケイトの怪演によるところが大きかったことを改めて思い出した。
ジャスミンは財産を失ったというのに、身の丈に合った生活を送ることができずにいる。優雅なセレブ生活は夫の後ろ盾あってのものであって、誇れる学位もキャリアも持たないジャスミンが常に見栄を張り続ける一挙一動はあまりにも痛々しい。歯医者の受付みたいな仕事はしたくないとか、私のセンスを活かせるのはインテリアコーディネーターだとか、散々な不遜ぶりだが、いざ歯医者で働きだすと、ろくに電話対応もできないし、PCの操作もままならない。自分を大きく見せようとすればするほど、ボロが出てしまう様を、いい気味と思うか、もうやめてあげてと思うかは見るもの次第だけど、醜態を晒してもみすぼらしくならない、むしろゴージャスすぎる出で立ちが可笑しさを誘うのもケイトだから成立するバランス。実際、この作品でケイトはアカデミー賞主演女優賞を受賞している。
終始、精神が不安定な彼女が抗うつ薬を服用するシーンが何度もあるのだが、ついにタガが外れてしまう終盤は本当に恐ろしい。パニックで化粧は崩れ、仕立ての良さそうなブラウスも脇汗でびしょびしょ、ガタガタ震えながら独りごちる時の口角が見事に下がっていることを見逃さなかった。ターの下がった口角に年輪という深みが顕れているとしたら、ジャスミンのそれはアクシデントの産物で、どちらかというと見られたくない部類だけど、それを押さえたウディ・アレンはやっぱり容赦がなくて、凄まじい観察眼だと感心した。

寸分の隙もない完璧な姿よりも、なりふり構わず弾けているほうが個人的には面白くて好きだが、少し前に「引退して故郷でガーデニングをしたい」と語っているインタビューを読んだ。彼女レベルでも、いや彼女レベルだからこそと言うべきなのか、俳優業で人生を全うすることに疑問を感じてしまうのかなあと思いを馳せたが、つい最近は、レジェンド的ポップ・デュオSparksの「The Girl Is Crying In Her Latte」というミュージックビデオにも出演している。ビビッドなイエローのパンツスーツはステラ・マッカートニーのものらしくて、やはりここでも隙はないが、ビデオでも披露している変なダンスを、イギリスのグラストンベリー・フェスのゲスト出演時にも再現していた。

引退に関する発言の真意は分からないけど、実はこういうおふざけっぽいことをやりたいのかなあと勝手に想像している。無表情を装っているけど、内心めちゃくちゃ楽しそうなことがありありと伝わるから。そう考えると、私たちが知っているケイト・ブランシェットはほんの一面でしかなくて、完成されたキャリアに見えているものは、案外通過点でしかなかったりするのかもしれない。彼女がまだまだ選択肢を残していてほしいと期待している。

「TAR/ター」https://gaga.ne.jp/TAR/
「ドント・ルック・アップ」https://www.netflix.com/jp/title/81252357


真貝 友香(ライター)

ソフトウェア開発職、携帯向け音楽配信事業にて社内SEを経験した後、マーケティング業務に従事。高校生からOLまで女性をターゲットにしたリサーチをメインに調査・分析業務を行う。
妊娠出産を機にフリーライターとして活動。子育て、教育、キャリア、テクノロジー、フェムテックなど幅広く取材・執筆中。

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